ぬくもり

 

母を亡くし六年経ちました。

今年、七回忌の法要を執り行う準備を父と話し合っていました。

そんな中・・・

 

3月28日

父の右肺抹消部に1.5cm程の影があるとCT検査の結果で判り

影の部分の細胞を採取する生検を勧められました。

4月2日 

詳しい検査の内容を聞く為に船長と3人で県立の呼吸器専門外来へ

主治医からの説明では、、、

検査方法には二通りあると言われそれぞれの説明を受けました。

 針を肺に刺して細胞を採取する方法

 気管支鏡を用いて細胞を採取する方法

父の場合、影はまだ1.5cmと小さい為、肺は風船のようなものなので

針を刺しすぎた場合、肺に穴が開き一気にシュッと萎んでしまい

一度萎んだ肺は元には戻らず肺そのものの機能を失う恐れがあると。

気管支鏡検査の場合は胃カメラのようなもので

胃ではなく肺へ入れるので胃カメラよりは苦しいかもしれないけれど

歯科用の麻酔を咽喉にスプレーし気管支の奥まで麻酔が届くように

深呼吸して検査に臨むものであると。

ワタシは、1.5cmと小さな影であるならば暫く時間を置いて

その間、CT検査や腫瘍マーカー等々で様子はみれないものか訊ねました。

現に父の腫瘍マーカーの数値は正常値です。

けれど主治医は、時が経てば肺の影も大きくなり治療が困難になると。

なので、時を待たず早めに検査をしましょうと。

気管支鏡検査は1泊2日の入院検査です。

4月15日に空きがあるので、4月15日午前9時に入院し翌16日退院と。

入院申込書等々必要な書類と、心電図・採血・造影剤CT検査を終えて

今日はお帰りください。との指示で、その日は無事帰宅しました。

4月15日 検査当日 

午前8時過ぎ、『今日もオシャレでしょ』と笑顔でいつものように

冗談を言いながらワタシのクルマの後部座席に腰掛けた父・・・

なんの躊躇いも無く『うん、カッコイイ☆カッコイイ』と答えながら

クルマのドアを閉め病院へ向かいました。

横横道路を走り抜け到着。

受付の諸手続きを済ませ、病棟へ案内されて間も無く

看護士さんより着替えの指示で着替え

検査前の問診や既往歴を書き込んで持参した書類のチェック

その後すぐに透明の点滴が父の右手から流され検査まで待機と。

父と2人、1泊2日検査のスケジュールを再確認する為に

複数回声に出し繰り返し読み上げては『覚えたね』と笑っていました。

透明の点滴は病棟に到着後すぐに始まり検査中そして検査後も点滴液が

空になるまで続ける⇒11時過ぎたら水分は一切いけない⇒検査の迎えが

来る直前までにトイレは済ませる⇒検査2時間後水を少しづつクチにし

咽たり咳き込まなければ夕食は6時に摂れる⇒翌日レントゲン撮影をし

特に異常がなければ退院⇒病理検査の結果は26日午後1時30分に来院。

 

その日検査を受けるのは6人。午後1時半から1番目の方が始まる。

12時過ぎ頃、看護士さんが父は6番目だと伝えにみえた。

父は、『なんだ〜、6番目か〜』と残念そう。

そして、『チビサンたちオナカ空いただろ〜なぁ・・・』

と、お留守番している レディ&める の心配をしていた。

『18日夜8時から新しく科捜研の女が始まるから録画に間に合うな』

たわいないいつもの父娘の会話・・・

いま振り返り想い巡らせ想い募らせる、あれは、、、

とっても貴重で大切でかけがえのない瞬間瞬間の重なりだったのね。

 

廊下が少しづつ騒がしくなり始め

『1番目の人が帰って来て、2番目の人が行ったみたいだから

    やっぱり1人30分くらいみたいね』

 

3時20分に父を迎えに看護士さんがみえた。

父が連れられて行った後、

『検査室に箱ティッシュとタオル持って行きますよ』って

朝、説明してたのに病室に置いて行ってしまったのが気になり

追いかけて行ったけど既に父の姿見えず検査室が何処なのか?

箱ティシュとタオル抱えて廊下をウロウロしてたけど看護士さんに聞かなくちゃ。

ちょうどその時に朝病室で父の点滴を入れてくれた看護士さんに

廊下で会い『箱ティッシュとタオルを忘れてますけど大丈夫ですか?』

と訊ねると『向こうにあるんじゃないかなぁ』と。

そうなの?って想ってたら、父を迎えに来た看護士さんがバタバタ

走って来たから『これですか?』って忘れ物を差し出すと

『あ!そうそう。どうも〜』って行っちゃった。

あの時、付いて行けば良かった。

遅いなぁ〜。大丈夫よね、みんな順番だし。。。

仕事を終えた船長が来て、『どうした?』って聞くから

『なんか、遅いの。みんな30分くらいなのに. . . 』

部屋と廊下を行ったり来たりしながら

『お父さん、1時間半くらい帰って来ないの. . . なんでかな. . . 』

暫くして、、、

ガラガラ音させながらストレッチャーが見えた。

『あれ? お父さん?』と、船長。

『でも、点滴の色オレンジじゃないし・・・』

でも、こっちへ来る。。。

近づいてみる。。。

え? 

なに? 

どうしたの?

なにがあったの?

父『頭が痛い。頭が痛い・・・』

涙を流しながら訴えている父。

ワタシ『この点滴、何ですか?』

看護士さん『止血剤です』

止血剤? 止血剤の点滴が必要・・・って?

ワタシ『パパ、大丈夫?』

父『アタマ痛い。涙出ちゃった。』

ワタシが父の手を握り、父の涙を拭いていると

父『耳のほうまで涙流れちゃった』

こんなにも涙があふれるほど痛いなんて・・・ なに?

そんなこと考えながら次々と流れる父の涙を拭いていたら

父『かぁサンの写真・・・』

ワタシ『写真立ての?』

父『違う・・・ かぁサンとチュッしてる写真』

ワタシ『何処にある?』

父『カバンの一番前のチャックのとこ』

船長『あ!これ、はい』

ワタシ『パパ、ママの写真だよ』

父『ここに置いて・・・』

と、胸の上に両手を置きワタシが置いた2人の写真を

胸の上でしっかり受け止めしっかりとした口調で唱題を

五遍、乃至六遍ほど。(私達が混乱動転の中で記憶に残る数)

そして、ワタシと繋いでいる手をワタシの手が折れるほど

強く強く ぎゅうっと握り締めました。

 

それから父は昏睡状態になってしまい

苦しそうなイビキ声のような・・・

呼びかけてもわからない

クチから白い泡のようなものが流れ

ワタシ『なんで、頭が痛いんですか?』

看護士さん『麻酔が切れる時はみんな痛いんです』

ワタシ『クチから・・・窒息しちゃう』

看護士さんが誰もいなくなってしまったので船長がナースコールを。

看護士さん『どうしました?』

ワタシ『なんで、イビキかいてるんですか?』

看護士さん『○○さん!!』と、父の両肩に両掌でパンパン!!

一瞬だけ、目を開けた父。。。

看護士さんが行きかけたから

ワタシ『窒息とかしちゃわないんですか?』

看護士さん『はい!気道確保!!』と、父の枕を横から

スルッと抜き取って出て行っちゃった。

頭か首だけでも片手で支えてくれたっていいのに。

それからもクチから泡みたいなものがどんどん増えて・・・

ワタシ『横を向かせないと危ないんじゃない?』

船長『自分でやっちゃだめだ』と、再度ナースコール。

看護士さんに続いて主治医の先生がやっと来てくれた。

主治医『どうしたかなぁ〜、低血糖おこしちゃったかな?』

血糖を測るものを持ってくるように指示を出し

測り、、、 主治医『違うなぁ・・・』

ワタシ『止血剤の点滴って何で必要なんですか?』

主治医『止血剤?』

ワタシ『そのオレンジの点滴は止血剤だって聞きました。

     頭が痛いって泣いちゃうほど痛いって・・・

      頭にも何かあったからじゃないんですか?

        今の状態って脳卒中ですよね?』

主治医『それでは、急激に覚醒させる薬を使いますので

    ナースステーションの近くの部屋に移動します』

5分ほど廊下にいたら中から主治医に呼ばれ・・・

主治医『目は覚めましたけど身体の右側と言葉がね・・・』

他医師『脳の左側だけでなく脳幹とか延髄とかそっちの方までかなぁ』

主治医『今からCTを撮りに行って来ます』

画像診断後、呼ばれ、、、

主治医『今のところ画像で診ても何でもないんですが後から出る事も

    あるので、明日もう1度CTを撮ってみますね』

看護士さん『ご家族の方付き添われます?』

ワタシ  『はい』

看護士さん『では、ご主人(船長)はお父さんのお部屋で

仮眠をとっていただいて、交代にでも』

夜間父の傍らで手を繋ぎ時々呼びかけながら祈り

 

気管支鏡検査をやめさせていたなら. . .

この病院を選んでさえいなければ. . .

後悔の想いが後から後から繰り返し募る

深夜のナースステーションから聞こえる楽しげなプライベートな話題

内線電話でのやりとり、リカバリー ひとり入ります。

そして間も無く看護士さんが父の足元に1人患者さんが入るので

カーテンを閉めさせていただいていいですかと。

リカバリーって、そう言う意味なの? パソコン用語みたい。

人間なのに。生命なのに。リカバリーか・・・

 

検査直前までは父娘で冗談言い合って

少し仮眠してる父の寝顔を動画で撮って

麻衣ちゃんにラインで送ったり

目覚めた父に寝顔撮っちゃったよぉ〜、見たい?

なんて言いながら、ほらっ♪なんて父に見せて

3時20分に検査室へ行く父を見送って

たった数時間で目まぐるしいほど変わり果てた父の姿

あまりにも突然の出来事・自責の念

叫びだしたい想いとの葛藤.....

 

外に出て冷静にならなくちゃ。。。

夜間出入り口から外に出た。

初めて来院した日、4月2日 満開の桜の中

今、16日の夜明け前 桜は散っている

  ・・・サ ク ラ チ ル・・・

これって、何の電報だったかな

受験に失敗 の意味だったかな

 

  ト キ は モ ド セ ナ イ

 

ワタシはここにいても何も出来ない. . .

院内に戻り父の個室で眠っている船長を起こし. . .

帰ろうか。レディもめるも待ってるし。

ハートセンターに予約入れてあるから断って来なくちゃ。

でも、ワタシ 運転出来ないや。自信ない。

クルマ置いていっていいよね。

 

4月16日 午前10時30分

ハートセンターの主治医の先生に昨日からの事情をお話して

半月毎のペースメーカーチェックの予約日には来院は難しいと。

その足で父の待つ病院へ

 

部屋に行ったら父が見当たらず迷っていたら

病室、変わりましたと告げられ案内された部屋のベッドに寝かされている

けれど、ワタシの顔を見て嬉しそうな眼差しでワタシをみつめる父。

記憶のところだけは大丈夫なのね。ただそれだけでも幸せを感じた。

駆け寄り 手を繋ぎ 『パパ、ウチに帰りたい?』と聞くと、

動かせる左手左脚を精一杯使って掛け布団をはいで起き上がろうとする父

言葉を失ってしまったからか、まるで赤ちゃんのような父が愛おしく尊く

ワタシが必ず守らなくちゃ・・・と。

そこへ主治医の先生が、『今朝のCT画像を診てお話が、、、』と。

待っててね、と父に伝え呼ばれた部屋へ。

主治医『脳の左側全てとかなり広い範囲でのダメージが認められると。

ワタシ『転院させてください』

主治医『んー、転院は難しいから・・・』

ワタシ『それなら、家に連れて帰ります』

主治医『1週間は診させてください、治療法も考えますので』

ワタシ『先生にお任せして本当に大丈夫ですか? 約束できますか?

  ダメージを受けたところは治せなくてもこれ以上悪くなりませんか?』

主治医『全力を尽くします。出来る限りのことはします』

30分程、そんなやりとりが続き

船長『先生も最善を尽くすって言ってるから

   今は1週間先生に診てもらった方がいいんじゃないかな?』と。

ワタシ『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

主治医『急性期ですからね』

急性期って. . .  

誰だって検査でいきなり急性期になりたかったはずないでしょう

アタマのなか ワタシもゴチャゴチャ ワカラナイ

ワタシ『それでは、くれぐれも宜しくお願いいたします』

そう言って父の待つ病室に戻ると

目の前には両肘を曲げ自分の脇にピタリと付け全身ガタガタ震え

歯さえもカチカチ音が鳴ってた。船長とワタシで父の身体をさすり

さすり少しづつ震えは治まっては来たけれど、、、

父の身体はこの30分間、検査着1枚なのに大きく開けられた窓から

吹き込む風で冷やされて震えていた。

もう、無理だ。任せられるわけないじゃない。

船長に看護士さんを呼んでもらい、何故窓を開ける必要があったのか?

看護士さん『すみません、換気の為に』

換気って・・・? 空調は何の為にあるの? 抵抗力落ちてるのに?

ワタシだって言いたいこといっぱいあるけど話す時間など最早無い。

ワタシ『先生を呼んでください』

主治医『どうしました?』

ワタシ『先程は悩みながらも1週間お任せするようなかたちで

    お話は終えましたが、もう無理です。

    部屋に戻れば窓は全開で、父はガタガタ震えていて

    ここにいたら父は風邪を引いて肺炎になってしまいます

    ワタシがみますので、在宅医療への手配をしてください』

主治医『そうは言っても今日の今日全ての手配は難しいですよ。

    いろいろ必要ですからね』

ワタシ『わかってます。必要なものは全て把握してます。

    地域連携の包括の人に言ってください』

ワタシ『パパ、寒かったね。ごめんね。必ず今日帰ろうね』

父は、ワタシを見て再び布団をはぎ検査着を脱ごうと

左手で検査着の紐を手繰りながらもワタシを見上げる父の目は、

憂いのなかにも安堵と凛々しささえ感じ取れ温かくワタシを見守り

褒めてくれる父の声が聞こえた。唯一ワタシの痛みを和らげてくれた。

暫くすると、主治医が来た。

主治医『16:30に看護タクシーと酸素が来ます。全てみつかりました。

  在宅医療の先生も今日おうちに帰られたら来てくれるそうです。』

地域連携包括の人『良かったですね。なかなか出来ない難しい事だけど

        全てがお父さんに味方してくれたような気がする』と。

自宅へ帰る、看護タクシーの車中では眠っているような父。

自宅に着いてすぐワタシは父のベッドの掛け布団を外し寝かせて

もらい易いように整えているあいだ船長と麻衣が父をみていると

父は、目を覚まし周りを確認しているようだったと。

帰って来たんだな と。

やっと、帰って来れたんだ と。

 

2013年4月19日にペースメーカーを埋め込んでいる父は身体障害者1級です。

けれど、介護は必要なかったので介護申請等々はしていません。

母亡き後はワタシが母の分まで尽くすと決めていました。

この日退院後、、、

在宅医療の担当医・看護士さん・介護士さん、次々と訪れ。

4月17日

在宅医療の担当医・看護士さん・介護士さん、訪れる。

介護ベッド到着。

4月18日

介護士さん・訪れる。

1日分として点滴200mlを腕からを午前10時30分右足甲部分からに変更

点滴針を刺す為 出血多し

正午頃

血中酸素濃度・血圧不安定

点滴の減る速度が前日より早く、違和感覚える

午後1時12分

麻衣とワタシの見守るなか旅立つ

午後4時00分

医師による死亡宣告

 

何でも母と一緒にといつも心から願っていた父

通夜式・告別式も母と一緒の処で

 

退院してくる時に病院の看護士さんから習った吸引器の取り扱い

見るのも触るのもとても怖かったけど・・・

たった数時間のあいだに起きた出来事で咳払いも出来なくなった父

怖いなんて言っていられない

慣れてますね。と、介護士さんは言ってたけど

生まれて初めて触る吸引器 吸引のホースは10mmと12mm 2つある。

たった、2mmの違いでも太さも硬さも全く違う。

硬い12mmはだけは使えなかった。

慣れてなんていない。

『パパ、ゴメンネ。ワタシだよぉ、我慢してね〜』って言いながら

祈る想いで吸引させてもらってた。

 

親は自身の最期の最期まで子供に学ばせてくれる。

父も母も最期まで本当に大切なものは何かを

生命懸けで教えてくれた かけがえのない愛するひと。

この世にワタシが生を受けて たくさんの愛情を注いでくれて

愛して 愛してやまなかったひと・・・

どんなときでも、どんなことでも、大きな心で受け止めてくれた。

ワタシの この心、この身、全てを安心して委ねることができた。

 

 

ワタシの魂の故郷

 

2019年4月27日

 

追伸***

生命を懸けて父が受けた検査

主治医『細胞は結局のところ採取出来ず病理検査にも出せ無い』と。

   『高齢なので. . . 、何があっても不思議では無い』と。

通夜式の朝、主治医の先生に電話で伝えました。

これから気管支鏡検査を勧める場合、、、

受ける方、またそのご家族に

父のようなリスクが充分予測されること

検査日から3日で生命を失ってしまった81歳の男性がいたこと

頭痛 イコール 麻酔の副作用だと安易に捉えないで欲しいこと

自身の医学に於ける知識を全てとせず、日々、学ぶ心を抱いて欲しい

ただ、それだけを切に願う と。。。

 

ひとは、医師と呼ばれる立場のものを過信してしまうものか

 

追憶

 
最愛なる父・・・

四月十八日 午後一時十二分 霊山へ旅立ちました

生生世世  必ず必ずママと出逢って

また、ワタシのパパになってね

と、オデコにキスして想いを伝えました

『従藍而青』

胸に誓い・・・

  

  

カラオケ好きなパパのBirthday

カラオケ☆キッズルームでお祝い

パパの愛犬 レディ&める

船長のBirthdayもお祝いしてくれた

ママのBirthday☆

ママの代わりにパパへ

パパ☆傘寿のお祝い旅行

パパ☆喜寿のお祝いに

娘よ♪ (パパのオハコの曲)

曾孫 れんれん♪

  

孫と一緒に海辺へ旅行

ママ&にこちゃん(おいしゃん)&パパ

パパ&ママ

☆結婚式☆